"歴史とギャグの融合"重野なおき『軍師 黒田官兵衛』『信長の忍び』そして、みなもと太郎の存在

最近月1になってますが更新のペースをちょっと上げたいですね。どうも、八戸です。


重野なおきの最新作『軍師 黒田官兵衛』が発売になりました。大河ドラマと併せて出版社も売りにきている感があっていい感じのプロモーションの印象。私は古くからこの作者のファンなのですが改めてこの作品の意義と同じく歴史ギャグを描いているみなもと太郎重野なおき中心に合わせて語っていきたいと思います。

勝つか負けるか、生きるか死ぬか。
この男の"采配"が左右する。
戦国時代もっとも野心をギラつかせた軍師、黒田官兵衛とは。


横山光輝をはじめとして「時代物」を題材にした漫画は数多く描かれています。こども歴史漫画みたいなもの含めればメジャーな人物に至ってはもはや書かれていない人物は殆どいないのではないでしょうか。ただ、一方で「時代物ギャグ」という分野は、みなもと太郎が『風雲児たち』で描いている以外にあまり思い当たらない分野です。
みなもと太郎の『風雲児たち』という作品は1979年から現在まで続く戦後時代末期の関ヶ原から幕末までを描く壮大な歴史漫画で、細かく薀蓄等を入れて色々なキャラクターを詳細に書いているため現在まででも桜田門外の変が終わったところで今だに幕末まで到達していない大河作品です。
元々みなもと太郎は『ホモホモ7』をはじめとしたギャグの分野で活躍してきた作家で『風雲児たち』という作品も歴史を踏襲しつつも随所にギャグを放り込んでくる作品です。シリアスとギャグを基本的に同じテンションで描くため読んでいて違和感がない作風。それにプラスして裏付けされた歴史知識。二つが合わさって『風雲児たち』という作品が出来ています。この「歴史ギャグ」の分野に参入してきたのが重野なおき。以前から連載している『信長の忍び』という作品は長期連載になってることからも面白い作品ですが、史実を踏襲しているものの、あくまで千鳥というオリジナルキャラクターを中心に描いており創作色の強い作品です。(信長の忍者軍団なんてのも史実にあったりなかったりしますが)
だからこそ、今回の『軍師 黒田官兵衛』という作品は重野なおきにとって意欲作だと思うわけです。史実や歴史上の実在の人物を膨らまし、なおかつギャグを入れる作風。実在の人物をテーマにしている以上「嘘が書きづらい」と縛りもあります(勿論、相当膨らましてはいるでしょうが。秀吉は尻から火を出さなかったと思いますし)作者も歴史が好きな作家なのでその部分でも信頼に値します。

今回主役の『黒田官兵衛』という人物も、人物としてはそこまで掘り下げられてない人物なので(今回の大河でようやく掘り下げられてる感があるぐらいの)純粋に楽しめるという部分も大きいですね。メジャーな人物だと元々のイメージに左右されやすいですが、それがないのも大きい。
個人的な評価として、『軍師 黒田官兵衛』面白いです。私はあまり一般的な歴史知識しかないので詳細な予備知識もないですし、ゴールは知ってますが経緯は知りません。だからこそ純粋に歴史物として噛み砕いたキャラクター達が魅力的です。既に信長の忍びで出ているキャラクターも重野版秀吉や信長をはじめとして多く登場していますが、視点が違うだけでまた別の魅力があります。同じく軍師として駆け抜けた竹中半兵衛の存在と併せて面白い。あ、あと私おっさんって好きなんですよ。おっさんってカッコいい。
最も一般的にメジャーでみんなが知っているような信長にしても秀吉にしてもオーソドックスなステレオタイプキャラクターにはなっていませんが。「残忍で怖い人」「猿みたいだけど頭が切れる人」みたいなステレオタイプではなく、感情のある「重野版信長」「重野版秀吉」になっています。こも解釈もまた読んでいて楽しい。



重野なおきも『信長の忍び』を描くようになってから顕著に作風に変化もでてきました。以前の重野なおきは「オチのない4コマなんていらない」と言っているのを妻が描いた同人誌で言っていましたが、「オチのない4コマ」あくまでストーリーを描くためだけの4コマも描くようになりました。

全ての4コマにオチをつけてたら、ただの軽い歴史ギャグになってしまったと思うんです。ギャグでオチをつけない4コマを挟むからこそ作品に重みと厚みが出る。だからこそ、この作品は読みごたえがあって非常に面白い。ギャグとして消化している部分でキャラクターの個性や愛嬌が出る。このバランス感覚が素晴らしい。『孔明のヨメ』のように史実を噛み砕いて描いて成功した作品もありますが、殆どの歴史を題材にした4コマ作品は「歴史の人物をキャラクターとして起用しただけ」のなんちゃって4コマが非常に多いです。だから、4コマとしては成功していたとしても、歴史ものとしても薄っぺらい。
ストーリー4コマというのは過去にも現在にもありますが、ストーリーラインを進めるための4コマとギャグとしての起承転結4コマを組み合して作れてる作家というのは少ないです。ストーリーを意識して書いてる作家さんは殆どが「描く素材として4コマを選んでいる」だけの人なんですね(中には巧みな人もいますけど)。別に4コマじゃなくてもよくて、都合がいいから4コマを選んでるだけの人。
重野なおきは起承転結のギャグ4コマにも、ストーリーを進める意味での4コマ、どちらにもこだわりがあるから二つを融合して作品を作れる。だからこそ、作品に厚みが出て面白い。こういう濃厚なストーリー4コマを描ける作家は殆どいないから重野なおきという作家は凄い。もっと評価されるべき作家の一人だと思います。遅かれ早かれ評価される機会が来そうな気がしますが。
ただ、やっぱり4コマってパターンが決まってるんで見せ方としてどうしても意外性という部分には欠けます。その部分ではやっぱり『風雲児たち』って凄い強いんです。みなもと太郎語りをすることがあれば詳しく語りたいですが、場面によってリアル等身にしたり、劇画調の絵を入れたり。果たして重野なおきが4「4コマの壁」をを越えられるか、というが楽しみです。


ここまで「歴史物」の作家として語ってきましたが、勿論、重野なおきは『うちの大家族』をはじめとした一般4コマから麻雀4コマ、子育てエッセイと多彩な才能を発揮した方ですので「第二のみなもと太郎」ではなく「重野なおき」という一人の作家として十分すぎる活躍をしています。
これは、あくまで歴史ギャグの分野としてのお話。既に中堅からベテラン(いがらしみきおとかのレジェンドを除く)に入っている重野なおきですが、近い将来より円熟期に入り今以上に渋い作品も増えていくのではないでしょうか。同じく4コマを引っ張ってきた小坂俊史がコメディだけでなく『モノローグ』シリーズや『ステキな終末』のような一風変わった作風を取り入れてきたように変化が出てくると思います。これからの重野なおき、楽しみです。