「誰かが語らないとそろそろ整理がつかなくなる。」みずしな孝之を振り返ろう、1991-2013。

みずしな孝之、『いとしのムーコ』がアニメ化もして絶好調。ただ、みずしな孝之の歴史は結構根深いものがあるので誰かがしっかり語らないといけないと思うんです。それもしっかり語れる人が。まぁ、それが私かはともかく「私が語らないで誰が語る」という意味合いも含めてのみずしな孝之特集です。ベテラン作家なので改めて語られることもありませんが、作者本人の個性が強いキャラクターもあるので、結構語ろうとするブレブレになるんですよね。改めて代表作及びターニングポイントになった作品を交えて語っていきたいと思います。


横浜ベイスターズに所属し、大魔神 と称された 佐々木主浩 を題材にした作品である。実際の野球界が舞台であり、実在する野球選手を扱ったギャグ漫画である。登場人物はほぼ実名で登場する。

みずしな孝之のライフワーク、横浜ベイスターズをモデルにした作品。元々は読者投稿からはじまり、野球パロディ『混セでSHOWTIME』を連載してからの作品。段々と漫画的に洗練されていく一方で野球パロディを越えた個性の独自色が出てきて面白い作品。ササキ様の傍若無人っぷりや超人っぷり、ミニ野球選手等々、独自色が強くなりすぎて現実離れしていくいつもの癖が目立ちますが個人的には好きです。完全に進藤選手や波留選手、権藤監督に広島前田。私が知ってる個性豊かな選手たちは、実在の人たち以上にこの選手たちなのです。


「今日できることは明日やろう。うん。」主人公・干物女柏明日香と幕張の堕天使桜子を主人公にしたぬるい大学生活4コマ。

前期・中期みずしな孝之の全てが詰まった作品。デビュー時から9年にわたって連載された長期連載であるため非常に作風の移り変わりが反映されています。初期の大学生のぬるふわ感を描いた初期、顔を長く書くブームを挟み、キャラを増やさずに描くことができなかった中期、ダジャレ落ちを多用し、一ページまるまる使ってのオチを書くのにハマっていた後期。個人的には初期から中期辺りまでは面白いですが、7巻の卒業以降からはマンネリ化とダジャレ落ちが酷くて面白くありません。なにより明日香の人間性がどんどん希薄になり、桜子が超人になっていくことで、「ぬるふわ大学生活としてのサボキャン」が失われていっていました。長期連載である以上仕方ありませんし、作者の作風の変化もありましたが卒業以降は無理やり続いていたような印象は当時から否めませんでした。終盤ではキャラを増やした弊害で、各キャラを書くのも散漫、そのキャラも明日香たちとは絡まない、というわけわかんないことになってましたから。作者自身も書くのに飽きていたのではないでしょうか。その一方で番外編のピーナッツ娘。の話なんかはパロディではあるものの新鮮で面白かったですからね。それから、後期はサボキャンは2色カラーの色を抜かずに単行本収録していたため単行本では印刷がイマイチだったのもこの作品のイメージを悪くしています。個人的には一番愛着がありますし、好きな作品であるからこそ7巻以降の蛇足なグダグダ感が勿体ない。それでも「前期から中期までのみずしな孝之」を象徴する作品であることに間違いないでしょう。


お台場に設置された架空のテレビ局・マルテレビを舞台に展開されるアナウンサー漫画。

同じく初期から中期のみずしな孝之を象徴する作品。一時期の幕張サボテンキャンパス戦え!アナウンサーに顕著だった光景ですが「キャラクターが不幸な目にあうことが面白い」みたいな作風だった時期があって、主人公であるクボショーが酷い目にあう描写が目立ちました。私はそれが好きになれませんでした。毎年新人アナウンサー&スタッフとしてキャラクターがどんどん増えていくのも、サボキャン同様「描ききれない症候群」を発生させていました。ただ、つまんない作品かというとそうでもなく、24時間テレビや討論番組等テレビ番組をパロディにしたネタもあり非常に面白いです。今読むとそれほど嫌いではないですし、キャラクター達も愛嬌があって可愛いです。現在のような「優しいみずしな孝之」がこういうドタバタ漫画を書いたらどうなるのか、という興味はあります。



ぬるゲーマーしなっちのゆかいなゲーマー生活! 『いいでん!』にタイトルを変え連載中。

現在まで形を変えて続く日記漫画。この作品も作者の精神状態が強く反映された作品で、鬱状態のときは作風が鬱の雰囲気満載になっててある種「リアルタイム」で面白い作品。個人的には初期の前担当やアシスタント松村さんが出ていた頃の完全ヌルゲーマーだった頃が好きです。2代目担当の後藤さんになってからは暴力描写が多いうえにワンパターンになってしまって…。そのバランスがフジイさんが出てきてからは作品に変化がでてきて面白いです。


おでんアニマルの物語。キュートな“おでんアニマル”4コマ!

もはやみずしなファン以外は誰も話題にしないであろう伝説の作品。ダジャレの一発ネタから生まれたキャラクター「チクチワワ」を元に、ファンタジー4コマを描こうとして大失敗。1巻で打ち切りの上、終了してからしばらくするまで単行本のアナウンスもありませんでした。完全にやりたかったことは「みずしな孝之verぼのぼの」なんですけど、いがらしみきおのような哲学的な重みもなんもなくて薄っぺらい作品。「なにがしたかったんだろうなぁ…」に尽きる作品。動物描写とかは『いとしのムーコ』に繋がってるのかもしれません。


ネコ語を理解する女子高生・毛野本茶々を取り巻く人々とネコの日常を描く。

最大のターニングポイントなった作品で、みずしな孝之の代表作の一作。この作品で「喋る猫」もとい「動物」をメインに書くということに目覚めたのが大きいと思います。チクチワワの打ち切り、劇団を通して世間との交わりを通して作風に変化が出てきて、ある種の「サボキャン」「戦アナ」「ササキ様」の呪縛から抜け出して、ようやく新しい作品を書くことができるようになった印象があります。けもチャも読み切りから長期連載になった作品なので一概に時期を区切ることはできませんが。動物要素は強いものの「普通に学園物」を作者が書いてそれが成功したのはなかなかのエポックメイキング。キャラクターを増やしすぎることもなく、安定したまま面白く描き切ったことが最大の作品の魅力。主人公が酷い目に合う描写はあるものの、それをコミカルに軽く描けるようになったのが最大の変化だと思います。


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Mac不安ちゃんMacに関する不安な日々。

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現実かはたまた妄想か。ミュージシャンをモデルにした妄想漫画。

これらの作品も今のみずしな孝之を形成する大切な作品群。どちらの作品もサイレント要素が強く、現在連載中の『たばたちゃん派』に繋がるシンプルに描写する作風がこの作品から生まれています。この作品がなかったら今現在の作風は確立されてないんではないかな、と。


みずしな孝之の作品を振り返っていくと作品の幅広さに驚かされます。『けものとチャット』の稿でも書きましたが、それまでの長期連載の作品が終わり、『チクチワワ』が打ち切られ(※実際は打ち切りではないかもしれませんが、私は打ち切りだと思っています。)、この作品からグッと作風が明るくなった気がします。どちらかといえばそれまではブラックな描写を好み、達観した表現や不幸な目にあうキャラクターばかり目立っていましたが、けもチャ以降変化が出てきました。劇団員をするなど漫画家にしては珍しいタイプの人ではありますが、その活動が漫画にいい影響を与えたのではないでしょうか。一時期は「この人ほんと目立ちたがりだなぁ。」と漫画家稼業を片手間にやっているような印象もありましたが、現在までの作品がそれにいい影響を与えているのを感じているためあまり気にならなくなりました。それぐらい、今のしなっち作品は面白い。
現在連載されている4コマ漫画作品『ピンクそらりんご』、『たばたちゃん派』。『ピンクそらりんご』は過去と現在のみずしな作品を繋ぐアパート物、『たばたちゃん派』は温かいサイレント幼児物、そして『いとしのムーコ』はアホなワンちゃんと飼い主の交流を描いたゆかいな作品。現在のストーリー物は作風が外に向かって開いている読んでいて楽しい作品ばかりです。ベテラン作家で長期連載を幾つも書いていく中で、新たな作風で他の作家とはかぶらないような新鮮な作品を書いているというのは単純に凄いことだと思います。私はみずしな孝之作品が好きだからこそ、嫌な部分も見えてますし好きになれない作品もあります。それでも、今のみずしな作品の求心力は凄いし面白い。比較的みずしな作品は手に取りやすいと思いますので、おすすめします。また最新作が単行本になったらご紹介できればと思います。
しなっち作品は読む人を選ぶし、嫌いな人は嫌いでしょう。それでも、今の作品を読んでほしい。まずはそれから。